2011年4月8日金曜日

まずはその黒いのはきだせ。



頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。
http://anond.hatelabo.jp/20110407001402


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(以下、juri-yamagutiさんのブログから失礼します)
大切なものを失ったとき、人は絶望するのだと思う。
そして、この人は、全部、全部、ぜーんぶ失ったのだ。何もかも。
自分にとって、代えのない大切な人間を、唐突に失ったことはあるだろうか。
あるいは、自分の持っていなくて、望んでも望んでも得られなかったものを、
他人が何の苦労もなく得ているのをみたことは?



持っているものからの、持たざる者への言葉は、
下手をすると怒りの琴線に触れる。
下世話な言い方だが、彼女がいるイケメンから、彼女のいない歴年齢の男子に
「頑張れよ!」とか言われたらむかつくのと同レベルに。
そして、言葉に尽くせないほどの苦しみを消化するステップとして、


1.否認と隔離
2.怒り
3.取引
4.抑鬱
5.受容


のようなことがよく言われる。


持てるものからの、喪失した、持たざる者への言葉は、
失ったものにとっては、いつも傲慢に聞こえるのだ。
それも、喪失の傷みを消化していない、失った直後となればなおのことだと思う。
人間は誰も、黒い心をかっている。
精神病でもなければ、異常でもない。
ただただ普通に、悲しんでいるだけだ。


夜が訪れるように、朝もまたくる。
日々はいやでも生きてさえいれば毎日めぐる。
そうして人はゆっくりといやされる。
1か月後か3か月後か、半年後か1年後か、5年後か10年後か、
それとも20年後かわからない、
それでも、お兄さんが生きて癒されて、
そして願わくば前に進むことを私は願っている。
生きて、それでも前に進むしかないのだから。


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上記は東北大震災のことやけど、
常日頃の人間関係にもあてはまるなぁ。
大なり小なり、"持たざる者"には誰にでもなる。
自分がいっぱいいっぱいの時は
それこそ何も余裕ないし、助けをもとめてるよ。
「他人事やと思って…」とか「無神経や」って思うんやろう。


どうやっても立場は同じじゃないから、
どうやっても他人やから、
耳を傾けて聞いて、理解しようとするしか
今はできん。

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